2012年6月21日木曜日

グリーグ ペール・ギュント







 皆さんは時として思い出したように聴きたくなる曲ってありませんか?
 たとえばフォーレの「シチリアーノ」やラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」、ドビュッシーの「アラベスク」、フランクの「ヴァイオリンソナタ」、ベートーヴェンの「月光ソナタ」等々、癒し効果抜群の曲が次々に浮かんでくるのではないでしょうか。しかし、いわゆる大作と呼ばれる作品はあまり浮かんでこないのでは…!?

 ちなみに前述した曲でフランス系の作曲家が大半を占めてしまったのも決して偶然ではなく、音楽の中に美しい情景が浮かんできたり、色彩的な感覚や時間の観念を消し去るような要素が強く根付いていることが大きいのだと思います。やはり懐かしい情景を思い描くことができたり、現実の殺伐とした感覚を忘れさせてくれるような癒しの効果がある曲が思い出されるのかもしれません。その反面、「聴くのにエネルギーや体力が必要とされる曲はどうもね…」と敬遠される方は意外に多いのではないでしょうか。 
 人は優しい叙情性が息づき、自然に心の中に染み込んでくる曲を絶えず求めているのかもしれないですね。前置きが長くなってしまいましたが、グリーグの「ペール・ギュント」もそういう類の名曲のひとつでだと思います。

 この作品はノルウェーの伝説上の人物ペール・ギュントを描いたもので、それを劇作家イプセンが戯曲化したものです。イプセンは舞台上演するにあたり、グリーグに音楽を全面的に託したのですが、起用は大成功でした。グリーグでしか描けないノルウェーの風俗や雰囲気がドラマとひとつになっているのです! 劇中ではノルウェーの民族音楽が非常に効果的に使われ、ペール・ギュントが生きてきた舞台背景を明確にしていきます。

 内容は自堕落で空想癖がある主人公ペール・ギュントがさまざまなところで放蕩の限りを尽くした挙げ句、二度にわたって巨万の富を得るものの災難に遭い最後は一文無しになってしまいます。ペール・ギュントは盲目となり、息絶え絶えに故郷のソルヴェイグのもとに向かいますが、力尽きたペール・ギュントは彼女の膝枕で子守唄を聴きながら息を引きとります。「ペール・ギュント」は、現在グリーグが組曲として選んだ8曲が盛んに演奏されているのは皆さんよくご存知と思います。

 できれば全曲を聴いて劇の進行と音楽の流れを味わっていただきたいのですが、要所を網羅した組曲を聴くだけでも充分に魅力的です。特に「アニトラの踊り」や「山の魔王の宮殿にて」は異国情緒あふれる生き生きとした曲調やテンポ、リズムが抜群で、これまでになくグリーグの音楽性や持ち味が存分に発揮されていることを認識するでしょう!

 しかし、劇中で特に印象的な音楽は「オーゼの死」や「ソルヴェイグの子守唄」でしょう。弦楽器を主体にした「オーゼの死」は母オーゼが息子の無事を知って安心し、彼の空想話を聞きながら息を引き取るシーンの音楽です。荘厳で悲痛な悲しみに満ちた鎮魂歌といっていいでしょう。深い森を想わせる独特の情感は母の愛情の深さを物語っているのかもしれませんね…。「ソルヴェイグの子守唄」も永遠の名曲と言っていいかと思います。悲しい調べでありながら、心慰められる優しさと深い情緒に彩られたメロディが心に染み渡ります!
 これに対して、みずみずしくさわやかな響きが希望の瞬間を感じさせる「朝」も素晴らしい出来映えだと思います。また組曲にこそ含まれていませんが、ペンテコステの賛美歌「祝福の朝なり」(賛美歌のコラール)も慎ましやかな心の平安をもたらしてくれます。

 演奏はネーメ・ヤルヴィ指揮、プロ・ムジカ室内合唱団、エーテボリ交響楽団による1987年録音盤が最高です。ソプラノを担当したバーバラ・ボニーも「ソルヴェイの子守唄」等でとろけるような美しい歌を聴かせてくれます!オーケストラも繊細でまろやかな響きが大変心地よく、透明感に満ちた崇高なドラマををよく表現しています。全曲盤というのも貴重で価値が高いですね!



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