この映画は封切された当時からかなり話題を呼んだ映画でした……。
広告代理店の営業部長として同僚やクライアントからの信頼も抜群、精力的に仕事をこなす佐伯雅行。家庭も娘の結婚を間近に控え、すべてに順風満帆と思われました。しかし、物忘れが激しいことやめまいが度々起きることから恐る恐る病院を訪れると……。
耳を疑うような診断結果が下されたのでした。
この映画は若年性アルツハイマー病と診断された佐伯(渡辺謙)が記憶を少しずつ失っていく恐怖や動揺を描き、佐伯を支える妻の枝実子(樋口可南子)が狼狽えながらも、それを真剣に受けとめていく姿を描いています。
日常、誰にでも起こりうる「まさか……。何故?どうして!?」としか言えない不意に訪れる人生の皮肉と不条理……。そして人が生きる意味を深く投げかけた作品でした。
原作は荻原浩の同名小説ですが、主演の渡辺謙はこの小説を読んで居ても立ってもいられなくなるくらい感動したそうです。そこで渡辺は荻原宛に「この作品をぜひ映画化させてほしい」と直接書いて送ったそうです。渡辺謙は自身も病気で死ぬほど辛い体験を身を持って味わっているので、この小説の主人公に大いに共感する部分があったのでしょう。言ってみれば、渡辺謙の強い思いがこの映画を実らせ、稀有な名演技を生み出したのだと思います!
渡辺にとってこの映画は初主演映画で、これ以降本格的にハリウッドに進出し大活躍することになります。まさにこの「明日の記憶」は渡辺にとって人生を変える大きなターニングポイントとなった映画であり、俳優渡辺謙の原点になった作品と考えていいのかもしれません。
……というわけで、この映画の成功の大きな要因は主役2人(渡辺謙、樋口可南子)の自然でデリカシーあふれる演技に尽きると思います。たとえば、佐伯(渡辺)が娘の結婚式でスピーチをする場面で涙で声をつまらせるシーンがあります。このシーンは娘のこと、家族のこと、今自分が置かれている現実も含め様々な感情が湧き上がり、どうしようもなく複雑な佐伯の心の動きが目に見えるかのようでした……。また、医師から病気を宣告され取り乱し、錯乱状態に陥り、人間的弱さを垣間見せるところは本当に凄く、真に迫る何かがありました。
枝実子(樋口)はラストシーンで夫がついに自分のことも忘れてしまい絶望の淵に落ちていきます。その悲しみの表現の絶妙なこと……。来るべき時が来てしまったことに枝実子は深い失意の思いで泣き出してしまいます。しかし、それでも佐伯が出会った頃の馴れ初めを覚えていてくれたことに気をとり直しながら、あるがままを受け入れようとする枝実子の姿にとても大切な何かを見るような想いがするのです。
その他にも光る演技は多々ありますが、この主役二人の随所に安定した印象的な演技がアルツハイマー病の深刻さを強く記憶に留めさせたことも間違いないでしょう。
脇を固める役者もそれぞれに印象的で、特に二人を結びつけるきっかけをつくった大滝秀治の個性的で存在感のある演技は光ります。渡辺えり、香川照之もしっかりした役作りをしています。
映画はあっけないラストを迎えますが、おそらく今後も二人は計り知れない苦痛を味わい、様々な不自由を味わうことになるのでしょう。しかし、本当に愛する人が存在したという紛れもない事実とこれからも同じ時間を共有する上で感じる心の世界はこれまでの何倍も何十倍も深い意味を持つようになるのではないかという気がしてくるのです。
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