2010年6月16日水曜日

ベートーヴェン交響曲第5番ハ短調作品67





 ベートーヴェンは生涯に9曲の交響曲を残しました。いずれ劣らぬ名作揃いですが、それぞれの作品には強い個性としっかりしたテーマがあります。最初は少々敷居が高いような気がするのですが、一度聴き始めるとそれぞれの作品が放つ音楽的な魅力にぐいぐい引き込まれ、飽きることがないのです。

 さて、第5交響曲は皆さんよく御存じの「ダダダダーン!」の出だしで始まる名曲です。日本では昔から「運命」という標題で有名でした。
 よくパロディでこの曲の冒頭が面白おかしく使われることが多いのは皆さん知っていますよね!? でも、この作品は決してネガティブなイメージを売りにする曲ではないのです。絶望的な曲でもありません。誤解のないよう申し上げますが、この曲はとても健全な作品なのです。なぜかといえば、人間の心に潜む闇の部分や心を縛りつけている弱い自分をえぐり出し、心を解放しようという悪の力に対する真剣なそして、大々的な挑戦状だからです。

 交響曲第5番「運命」は人間の心の葛藤や挫折と勝利への道程が、古典主義的な形式のなかに凝縮されて表現されています。けれども作品に盛り込まれた内容そのものは、既に古典の枠を大きく抜け出しているのです。

 「さらに美しいためならば破り得ない法則は何一つない」というベートーヴェンの言葉はこれを見事に実証しているといえるでしょう。それは有名な第1楽章冒頭の救いようのない絶望感とそれを克服しようとする主題の激しい精神の相剋にはっきりと表れています。
  この精神の葛藤のテーマは更に第9の第1楽章で驚くべき深化を遂げていきます。しかし、この暗く悲劇的な主題が決して人を失意や絶望感に陥れることはありません。それは希望の光が照らされることを信じて疑わない彼の強固な信念が作品の隅々に投影しているからなのです。
「第5交響曲」は決して深刻ぶったイメージを頭に思い浮かべながら書かれた曲ではなく、ベートーヴェン自らが心底実感し強く溢れ出た想いを書き留めたのがこの作品のエキスとなっているのです。ですから、作品そのものは本当にシンプルでかつ強い説得力を持っているのです。

 演奏はこの曲を得意中の得意にしていたフルトヴェングラーの数種類の演奏の独壇場です。彼はベートーヴェンの1番を除く奇数交響曲を本当に得意にしていました。これらの作品に関してはベートーヴェンの魂が乗り移ったかのような名演奏をしばしば聴かせてくれました。残念なのは、ステレオ時代に突入する前に亡くなってしまったためにモノーラルの古い録音しか残っていないことです。以前、EMIからブライトクランク方式の(擬似ステレオ化した)1954年版のCDが出ていました。このCDは出来栄えが良く、音の広がりを充分に実感でき、響きも自然で、技術者のセンスを感じるものでした。願くばそのCDをもう一度発売してほしいものです。フルトヴェングラーの5番の演奏はどれを選んでも秀逸な出来栄えなので、あとはご自分の耳で判断されるのが良さそうです。
 もう1枚ステレオ盤から推薦すると、真っ先に思い浮かぶのがムラヴィンスキーがレニングラードフィルを振ったものが素晴らしいです。この演奏は楽器の響きに恐ろしいくらい存在感があり、厳しく引き締まった造形がこの作品にぴったりとハマっています。しかし、残念ながら今廃盤とのこと……。
 仕方がないので、他を探すとやはりカルロス・クライバーがウィーンフィルフィルを振ったグラモフォン盤ということになるでしょう。変に飾り気がなく、単刀直入でストレートな演奏が、この曲の本質を見事に描いています。






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