2013年5月29日水曜日

アングル 「グラン・オダリスク」










新時代の幕開けを告げるメッセージ性



 アングルは稀に見るリアリズムの画家であり、筆舌に尽くし難いデッサンの達人でした。とにかく彼はデッサンの申し子のような人で、デッサンだけでも絵が充分に成立するような目茶苦茶なうまさを誇っていたのです。
 この「グラン・オダリスク」は感動というより、作品の完成度の高さに驚かされる作品です。よく見れば女性の背中の異常な長さに気がつくことでしょう。もちろんデッサンの達人アングルがこのことに気づいていなかったわけはありません。デフォルメ効果で形態の美しさと優雅さ、視覚的な強さを引き出そうとしたのだと思います。

 この絵ではその場の雰囲気を表出するというより徹底した様式美に貫かれて描かれています。特にラファエロの聖母像によく似た顔立ちの女性やアカデミックなタッチや色彩が独特の雰囲気を醸しだしているのです……。あえて人間的な感情や情緒の表現を拒絶し、古典的な様式美を確立しているようにも見えますね。

 「グラン・オダリスク」は、横たわる裸婦を扱った絵画の中でも、最も美しいポーズを刻印した記念碑的作品のひとつと言っていいかもしれません。
 当然、構図の見事さもあげないわけにはいかないでしょう。人体の右隣にあるカーテンも流線形の美しいフォルムをさらに引き立たせるポイントになっています。すべてのモチーフや家具は人体を引き立たせる脇役として重要な材料の一部になっているのです。

 ピカソを始めとするキュビズムの画家たちにも多大な影響をもたらした言われるアングルの絵。ラファエロや古典派の絵画の伝統を継承するため研究を重ねてきたアカデミックな巨匠の絵は、その一方で新時代の幕開けを告げるメッセージ性にも富んでいたのです!




2013年5月23日木曜日

ベートーヴェン  交響曲第3番変ホ長調『英雄』作品55











飛躍的な変化を遂げた交響曲

 ベートーヴェンは交響曲の作曲に並々ならぬ意欲と情熱を注いでいました。それは残された9曲の圧倒的な充実度からも充分にうかがえます! その傑作揃いの交響曲の大きな転機になったのは第2番なのですが、飛躍的な変化(革命的といっていいのかもしれません…)を遂げたのは間違いなく交響曲第3番「英雄」でしょう。これはベートーヴェンというだけでなく、西洋音楽の歴史から見ても決定的な足跡と存在感を示した音楽と言ってもいいと思います。
 何が飛躍的なのかと言えば…、それは主題の巨大な構造や疾風怒濤のような不屈のエネルギーがそれまでの一般的な音楽的常識を超えてしまったことでしょう! 特に第一楽章で次々と繰り出される主題は精神的な高揚感を伴いつつ、さまざまな形に変化しながら、かつてないドラマチックな世界を展開するのです。もはやメロディがどうだとか、音は綺麗に響くだろうかということは「英雄」では二の次三の次にさえなっているのです。ベートーヴェン自身にとって「英雄交響曲」は過去と決別し、新しい人生を出発する大転換の時だったのです。

 ここではハイドン、モーツァルトに代表される古典的様式の音楽的美感、バランスの良さといったさまざまな定義を完全に覆す自由な音楽が生み出されているのです。
 このことは曲の形式にも表われていて通常ならば第二楽章でアンダンテかアダージョにするところを異例の葬送行進曲を採用、第三楽章でもトリオあたりが妥当なところをスケルツォを採用するなど音楽のタブーを次々と破ったところがさすがベートーヴェン!というところでしょうか。「美しいためなら破り得ない法則は何一つない」といったベートーヴェンの信念がここでも生きてくるわけです。


ドラマチックでスケール雄大!交響曲の金字塔

 第一楽章で冒頭のトゥッティによる二度の強奏から英雄の出現を示すテーマが奏されると次第に勇壮な世界が浮かび上がってきます。このとき音楽は点ではなく線となってみるみるうちに巨大なエネルギーを放出していきます。ひとつひとつの和音がこんなに深い意味を持って語りかけてくることがあったでしょうか……。勇壮な響きとそれを打ち消すような激しい心の葛藤が幾度も現れドラマチックな展開が続きますが、緊張の糸はまったく緩むことなく終結部を迎えます。聴けば聴くほどに構成の見事さに驚き、それぞれの主題の有機的なつながりの素晴らしさにため息が出るばかりです!

 第二楽章に葬送行進曲を置いたのはベートーヴェンにとっても大きな挑戦だったことでしょう。一般的には葬送曲によって感傷的になったり、曲のイメージや流れを損なってしまうのでしょうが、ベートーヴェンの場合は音楽に真摯な祈りがあり展開の必然性があるためにまったく違和感がありません! こんなに崇高で深い慟哭に満ちた趣きの音楽を作ることはベートーヴェン以外はかなり困難なのではないでしょうか……。チェロやコントラバスの多用、フーガの挿入、前衛的な不協和音の多用など、これまでの音楽的常識を打ち破る規格外の音楽を作ったのです。後の作品、ミサ・ソレムニスのミゼレーレを彷彿とさせるような心に染みいる深い哀しみが印象的です。

 第三楽章スケルツォは重厚な葬送行進曲の後だけに弾むようなリズムと晴朗な響きがとても心地よいですね!まるで「天馬空を行く」かのような奥行きがあって引き締まった楽想が心のウヤムヤをすべて消し去るかのようです。

 第四楽章の変奏曲も音楽の常識からいって交響曲に採用されることは例がなく、しかもフィナーレに置かれるのは当然この作品が初めてです。テーマは自身が作曲した「プロメテウスの創造物」から引用されているのですが、それだけに変奏曲をフィナーレに置いたのは深い意味があっての事というのは当然でしょう。このフィナーレにはもはや迷いがありません。試練を克服した喜びと深い魂の安らぎを心ゆくまで謳歌するもので、太陽の光のように放出される音楽のパワーは輝かしく比類がありません!


貴重なカール・シューリヒトの演奏会録音

 演奏のほうに目を向けると、名作だけあってCDには事欠きません。ただし、いい演奏は大体がモノーラルからステレオ初期に偏っており、もっともっと現役の指揮者にも頑張ってほしいな……というのが率直な印象です。(こういう作品でいい演奏が出てこないとクラシック音楽界も盛り上がらないと思うのですが…)
 演奏のみを考慮すれば、昔から名盤の誉れ高いフルトヴェングラー指揮ウイーンフィルのスタジオ録音(1952年、EMI)がやはりナンバーワンでしょう。とにかく響きが深いし、壮大なスケールや曲のメリハリ、自然な息づかい、楽器の存在感等どれをとっても「英雄交響曲」の求めているイメージにぴったりという感じです! ひとつだけ残念なのはモノーラルのために響きが浅くなって聴こえるところが多々あることでしょうか。

 1963年のライブ録音ですが、カール・シューリヒトがフランス国立放送管弦楽団を指揮した演奏(Altus)もフルトヴェングラーに勝るとも劣らないような素晴らしい名演奏を成し遂げています。特に録音が素晴らしいですね! 1963年のライブというと誰もが音質には期待しないと思うのですが、この録音は破格の素晴らしさです! しかもステレオ録音! 音も生々しくまるで会場で聴いているかのような錯覚にとらわれます。そして何と言ってもシューリヒトの解釈が素晴らしいですね。
 
 即興演奏で力を発揮するシューリヒトの面目躍如といったところです。鋼のような強靱な響きとストレートな進行に見せる味わい深さ!フルトヴェングラーのような重厚な響きこそありませんが、ベートーヴェンそのものという意味深い響きが続出し曲を堪能させてくれます。シューリヒトがステレオで「英雄」を残してくれたことと、当日の演奏を素晴らしい音質で残してくれた録音スタッフの功績に、ただただ感謝の言葉以外ありません……。



2013年5月17日金曜日

メンデルスゾーン 劇音楽「真夏の夜の夢」








 メンデルスゾーンは情景描写に因む音楽を作曲したら天下一品でした。同じようにメルヘンの世界を作曲しても右に出る者がいないほどの生粋のロマンティストでした。
 たとえば陶酔するようなメロディやロマンの香りにあふれたヴァイオリン協奏曲、叙情的な無言歌などはそのような傾向をふんだんに持った作品と言っていいでしょう。同じように劇付随音楽「真夏の夜の夢」もそのような流れを汲んだ傑作です。特に「真夏の夜の夢」ではファンタジックな要素に加え、無垢な感性や優雅な気品もミックスされて輝くような夢の世界を満喫できるのです。

 クラシック音楽は数々あれど、この「真夏の夜の夢」のようにメルヘンの世界が生き生きと美しく描かれたことはなかったのではないでしょうか。メンデルスゾーンの無垢な感性と卓抜な音楽センス、音楽や文学への深い造詣があってこそ可能になったと言わざるを得ないでしょう!

 「真夏の夜の夢」は序曲のみ18歳の時に作曲されていますが、才気に富んでいますし色彩豊かな響きはすぐにメルヘンチックな世界に誘ってくれます。そしてスケルツォに入るとメンデルスゾーンの個性が全開になり、神秘的で彩り豊かな楽器の響きや表情がますますメルヘンチックな雰囲気を引き立たせていくのです。
 その後の妖精の歌のお茶目なメロディも心に残りますし、夜想曲のデリカシーに満ちたロマンチックな美しさも一度聴いたら忘れられません。間奏曲や結婚行進曲ももちろん魅力的です。

 誰もが知っているポピュラーな作品ですが、決して飽きられることがないのはとにかく全編に散りばめられた音楽がオリジナリティがあるし、何よりメンデルスゾーンの叡智の目が光っているからなのでしょう…。「真夏の夜の夢」はメンデルスゾーンの個性が最高に発揮された贅沢な名曲と言えるでしょう!

演奏はクレンペラーがフィルハーモニア管弦楽団を指揮したスタジオ録音(EMI)が非常に内容豊かな名演です。どこをとってもゆったりしたテンポで細部を彫琢しており、その表現が曲にぴったりで格調高く美しいのです!




2013年5月9日木曜日

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭 2013  コルボ指揮フォーレ・レクイエム 



穏やかな時間が流れるコルボのフォーレ・レクイエム


Ensemble Vocal de Lausanne


 ゴールデンウイークの風物詩としてすっかり定着した感があるラフォルジュルネオ・ジャポンですが、今年も東京・国際フォーラムの4日のプログラムに行ってきました!今回のお目当てはミシェル・コルボ指揮のシンフォニア・ヴァルソヴィアとローザンヌ声楽アンサンブルによるフォーレのレクイエムです。

 コルボと言えばフォーレのレクイエムで何度も名演を披露してきた人ですが、日本にも何度か来日しレクイエムの名演奏を披露しています。演奏の中で何と言っても忘れられないのはエラートに録音した1972年のベルン交響楽団とサン=ピエール=オ=リアン・ドゥ・ビュール聖歌隊とによる清楚でたおやかな情感を打ち出した演奏でしょう。

 当日魅せられたのは最初のデュリュフレの「グレゴリオ聖歌による4つのモテット」でした。この作品はCDで何度か聴いていますが、短いけれど心に響く名曲という印象があります。1曲目の「慈しみと愛あるところに」が始まった途端、まるで時間が止まったのでは……と錯覚するような至福の時間に満たされたのでした。
 穏やかな表情と癒しの心に満ちたこの旋律が雑多な想いを静かに洗い流してくれるようです。癒しの響きとはまさにこのことをいうのでしょう。よく溶けあった柔らかなハーモニーがとても心地よく響きます! その後の曲も神秘的で至純なハーモニーに酔わされるばかりでした……。

 メインのフォーレのレクイエムですが、この作品についてはもはや説明は不要でしょう。CDでよく聴き比べをするうちに随分とこの曲に対する審美眼が身についたように思います。
 バリトンはジャン=リュック・ウォーブルですが、美声で音楽的センスのある人だと思います。しかし当日はあまり調子がよくなかったのか声の伸びや抑揚がもうひとつで、あまり心に響いてこなかったのが残念でした。おそらく1972年のフッテンロッハーの穏やかですべてを包み込むような味わい深い名唱と比べてしまうからなのでしょう……。

 それに対しソプラノのシルヴィ・ヴェルメイユは澄んだ声が美しく、声に強い主張があるわけではないのですが、涼やかな風のようでこの曲にはぴったりでした。ローザンヌ声楽アンサンブルの歌声もこの曲を充分に知り尽くした安定感とメンバーひとりひとりが心を通わせた精緻でまろやかな響きが印象的でした。
 コルボの指揮は衰えを知らず、アンサンブルの確かさや楽器からコクのある響きを引き出す音楽性は素晴らしいです。今後も宗教曲、声楽曲を中心に素晴らしい録音をドンドン出してほしいですね!




2013年5月4日土曜日

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595








 皆さんはモーツァルトの音楽で一番肩の力が抜けた作品と言えば何を想い出されるでしょうか?  おそらくその最右翼としてあげられるのが晩年のクラリネット協奏曲やピアノ協奏曲27番K595だと思います。
 この2曲は表向きは明るい曲調なので喜びにあふれた快活な曲と思われがちですが、実際はとても喜びを表現したとは言い難い作品です。ひとことで言えば「諦観の音楽」と言っていいのでしょう…。モーツァルトの音楽の中では異色の作品といってもいいかもしれません。

 特にピアノ協奏曲27番の透明な詩情はそれまでのピアノ協奏曲とは明らかに一線を画するものです。 融通無碍の境地と言っていいのかどうかわかりませんが、「もはやこの世に何の未練もありませんよ……」と言わんばかりに展開されるモーツァルトの清澄な音楽がとても印象的です!

 晩年のモーツァルトは多額の借金を抱え、生活は哀れなくらいに困窮を極めていたといいます。それでもいざ作曲するとなるとこんな凄い作品を生み出してしまうのですから、改めて天才で根っからの音楽家なのだなと思いますね…。

 かつてのピアノ協奏曲で聴かれた無垢で色彩感溢れるモーツァルトの姿はもはやここにはありません。最期の年に作曲されたK.595はモーツァルトの魂が地上と天界の間をさまよっていたのでは…。そう想わせるほど神々しい光を放ち、透明な詩情が全編を覆っているのです。

 第1楽章の出だしはいつもの輝かしいピアノ協奏曲の始まりとは明らかに異質のものです。翳りに満ちた表情で静かに始まる独特の雰囲気が何とも言えません。その後の展開部でも情熱や気迫、流麗とは無縁な静かな諦観が曲を一貫します。じわじわと押し寄せる枯れた味わいが静かな晩秋の情緒を想わるではありませんか……。

 第2楽章もあらゆる呪縛から解き放たれた瑞々しい詩情が最高ですね……。ピアノに絡む木管が相変わらず美しく、瞑想や可憐な微笑みが浮かんでくるようです。

 幼い頃の美しい記憶が走馬灯のように心地よいリズムとなって展開される第3楽章も深く胸に染みます。いつしか音楽は何気ない戯れから無限の高みへと舞い上がっていくのです……。

 演奏はステレオ初期に録音されたバックハウスのピアノとベーム指揮ウイーンフィル(Decca)の演奏が今もってベストと言っていいでしょう。モーツァルトとしては形にこだわらない異色の作品が結果としてはバックハウスやベームにぴったりのスタイルとなったのに違いありません。無理に誇張したりすることなく、音楽は自然な流れの中でこの曲から最高に深い意味を伝えてくれます。


2013年4月27日土曜日

シューベルト『楽興の時 D780』








 シューベルトはよく孤高の作曲家と言われます。稀に見る美しいメロディや詩的な音楽の雰囲気がそのように呼ばれるゆえんなのでしょう。特に歌曲やピアノソナタでの揺れ動く感情、絶妙な転調は心を揺さぶります。
シューベルトはまさに音楽と詩を最初に融合し歌曲の領域を切り開いた音楽詩人だったのです。このことだけでもシューベルトの名は永遠に名を残すことになるでしょう。お分かりのようにシューベルトの作品には絶えず詩的な情感が漂っています。それは歌曲に限らず、「未完成交響曲」、「冬の旅」、「白鳥の歌」、「即興曲」等の至高の音楽でもそれらの特徴が顕著に現れているのです。

「楽興の時」も詩的な雰囲気を伴ったいかにもシューベルトらしい作品ですね。朴訥とした飾り気のない表情が親しみやすく、語りかけるような曲調が心に残る音楽です。第1組曲からのどかで穏やかな主題に心惹かれるのですが、展開部では次第に望郷の詩のように孤独と憂愁がないまぜになりつつ胸のうちを痛切に表現していきます。第2組曲ではさらに寂寥感が増し心の想いを伝えていくのです。

第3組曲はいろんなところで独立して使われることの多い名曲です。短い音楽ですが、その中に込められた崇高なメッセージはシューベルト以外には作れないかもしれません。とても魅力に溢れた一遍ですね!「楽興の時」は深刻で暗い影がつきまとう作品ではないので、比較的聴きやすく演奏も比較的容易な人気曲といっていいでしょう。

演奏はバックハウスの(Decca)録音が人生の詩と言えるような味わい深い名演です。バックハウスのタッチは決してスマートではありませんが、ベートーヴェンのような厚みのある音から聴こえる深い表現は別格的な素晴らしさです。「楽興の時ってこんなに素晴らしい作品だったのか…」と感じていただけるかもしれません。





2013年4月20日土曜日

ダヴィッド「皇帝ナポレオン1世と皇后ジョゼフィーヌの戴冠式」






 この絵、とにかく凄い絵だという噂は前から聞いておりました!
 何が凄いのかというとまず最初に挙げられるのが桁違いの大きさでしょう!横が約9メートル30センチで縦が約6メートル30センチもあるというのですから、一体人間何人分に相当するのでしょうか…!?。一度目の当たりにすれば誰もがその壮大なスケールに圧倒されるといいます。この絵があるパリのルーブル美術館の中でも屈指の巨大な絵なのです。

 二番目としてはフランスの運命を変えた「ナポレオンの戴冠式」という歴史的な瞬間を描いた絵であることです。もちろん当時は写真などありませんから、歴史の重大な史実を記録するにはダヴィッドのような力量のある画家がとても重宝されたのでしょう。これだけでも、この絵は充分に価値があるといっていいでしょう。
 ナポレオンの生涯を辿るテレビのドキュメンタリー放送では必ずといっていいほどこの絵が出てきます。いわばナポレオンといえば“これ”というくらいの定番なのです!

 ただ本来であれば皇帝の戴冠式なのですからローマ教皇からナポレオンに冠が授けられるはずなのです……。しかしよく見ると、あれれ?戴冠しているのはローマ教皇ではなくナポレオンではないですか!? しかも冠を授けようとしているのは何と妻のジョセフィーヌなんですね……。つまりナポレオンはいかに皇帝としての権威が絶対的であって、それに対してはローマ教皇も口を出せないということを絵で演出したかったのでしょう。(ダヴィッドはナポレオンのお抱えの画家だったそうです)

 さまざまなエピソードに彩られたこの絵ですが、純粋に絵として鑑賞してももちろん素晴らしいです。たとえば宮殿に整然と並んだ人々の姿を浮かび上がらせる厳かな光と影のコントラストは大変美しいですし、得も言えぬ威厳と気品が伝わってきます。まさにこの一大イベントを最高にドラマチックに演出した作品であり、ナポレオン自身もこの絵には最大限の賛辞を惜しまなかったといいます……。