2016年10月20日木曜日

ジョン・エヴァレット・ミレー 『オフィーリア』










見事な演出効果で生まれた
オフィーリアの神秘的な表情

 ジョン・エヴァレット・ミレーはイギリス・ラファエル前派の代表的な画家として知られています。そのミレーの作品の中でとびきりの傑作として名高いのがここに紹介する『オフィーリア』です。
 おそらくミレーの名は知らなくても、この絵を知っている人は多いのではないでしょうか。

 『オフィーリア』はシェークスピアの戯曲『ハムレット』の登場人物のひとりです。ある日、ハムレットに父親を殺されて精神錯乱状態に陥ったオフィーリアはふらふらと小川にやってきます。無邪気にいろいろな花で花冠を作って、シダレヤナギの枝にかけようとして木によじ登った瞬間に枝が折れてしまいます。川に落ちたオフィーリアは哀れにもそれがもとで息をひきとるのでした。
 この絵はまさにオフィーリアが川に落ちて流されてゆく一瞬の光景を描いた作品なのです。

 まず、目を見張るのがシチュエーションの設定の緻密さと構図の斬新さです。特に川辺の自然の描写は見事で、緑の草花が生い茂っている様子はみずみずしくも美しく、目に焼きついて離れません。とにかくあらゆる部分に繊細で気品に満ちた筆のタッチや彩度の高い色彩が生きているのです。徹底的にこだわりぬいて描かれた絵だということが一目瞭然ですね。
 実はこの情景描写はあらかじめイギリス・サリー州イーウェル市のホッグスミル川の風景を元に描かれており、この丹念な描写こそが『オフィーリア』の大きな成功の要因になっているといえるでしょう。しかし、作画中は悪天候や環境の悪条件に悩まされ続け、何度も断念せざるを得ないような状況に陥ったようです。

 それに対して、画面を左右に分割する水平線の構図はたとえようのない落ち着きと静けさを生み出しています。その水平線上にぽっかりと顔を浮かべるオフィーリアの表情があまりにもリアルで強烈にひきつけられてしまいます。彼女は川に沈んでゆく間、何を思っていたのでしょうか……。虚ろな表情にも、安堵の表情にも、一瞬の淡い夢を見ていたのか恍惚とした表情にも見えます。
 かぐわしいほどの美しい情景描写を用いながら、美のはかなさと生きることの不条理、現実世界の非情なまでの美しさを画面上で対比させて見事な効果をあげているのです。
 
 オフィーリアのモデルになっているのはラファエル前派の有名なモデル、19歳のエリザベス・シダル(後にラファエル前派の画家、ロセッテイの妻)でした。ミレーはロンドンの自分のスタジオで、水を満杯に張ったバスタブに横たわらせて描いたそうです。
 彼は水を温めるためにオイルランプをいつも置いていたのですが、ある日、作品に入り込みすぎて火が消えたことに気づかず、シダルは厄介な風邪をひいてしまいました。そのため彼女の父親から多額の治療費を請求され支払った経緯もあるようです。

 こういう綿密な演出や設定の中で様々な過酷な状況で描かれた絵だけに、並々ならぬ緊張感が漲っているし、誰が見ても虜になるような美しく神秘的なオフィーリアの表情が胸を打つのは当然と言えば当然でしょうか……。

 さまざまなエピソードに事欠かない作品ですが、この絵は写実的な美しさはもちろん、アールヌーボー的な洗練された様式美を持った絵でもあることを付け加えておきたいと思います。

 













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