2016年9月1日木曜日

チャイコフスキー 交響曲第4番ヘ短調 作品36(2)








『悲愴交響曲』と並ぶ
傑作中の傑作

 この曲については以前も書いたことがあります。しかし、第1楽章と第2楽章の素晴らしさについてどうしても書き足らない内容があったので、改めて投稿させていただきました。

 4番はチャイコフスキー後期3大交響曲の中でも6番『悲愴』と並ぶ傑作中の傑作です。おそらくベートーヴェン以降の交響曲をひもといても指折りの傑作だと言っていいのではないでしょうか。

 何といっても素晴らしいのは第1、第2楽章で、この二つの楽章だけでも4番を聴く価値が充分にあるといってもいいでしょう。
 残念なのは圧倒的な二つの楽章に対して、第3、第4楽章の内容が少々物足らないことです。この交響曲が『悲愴交響曲』ほど絶大な支持を得られないのは、もしかしたらそういうところにあるのかもしれません。それにしても前半と後半の2つの楽章では差がありすぎます。 チャイコフスキーは最初の2つの楽章に心を注ぎすぎて疲れてしまったのでしょうか……!?。

 そうかといって、4番をシューベルトの未完成交響曲のように2楽章で完結させるには到底無理があるでしょう。
 なぜなら、シューベルトの2楽章めはアンダンテで、単一楽章でも充分に曲が成り立っているのに対して、4番の2楽章めはアンダンティーノで明らかに次の楽章への予感を感じさせるからです。
  

4番のすべて
第1楽章、第2楽章

 とはいうものの、この交響曲の第1楽章、第2楽章はそれを補ってあまりある内容といえるでしょう。

 特に素晴らしいのが第1楽章です。 
 出だしの金管楽器のファンファーレが奏されると、そのドラマチックで重厚な響きからただならぬ空気感が伝わってきます! その直後の不安や哀しみ、苦悩が入り混じった第一主題も忘れがたい印象を残します。劇的で、文学的な香りさえ漂わせながら音楽は進行していきます…。

 しかしさらに素晴らしいのは展開部でしょう! たとえば、おどけたメロディによる舞曲は刹那的な喜びや虚しさを強く印象づけますし、運命的な警告を表す金管楽器の強奏や息の長い悲しみのパッセージは心を震わせます。
 とにかく音楽が多彩で緻密、あらゆる手法を駆使しながら、窮屈にならずに真実味にあふれた音楽と緊迫したドラマを展開していくのです。

 第2楽章のオーボエソロと弦楽器による哀愁を帯びたロシア民謡風の主題は、大変もの悲しく心に深く刻み込まれます。それは雪に埋もれた冬の荒野が目の前に広がるようで、何とも言えない情緒が漂います……。
 これに対して展開部では雪解けを待ち望む希望と憧れの感情が次第に高まり、頂点に達します。このコントラストは絶妙で、主題が生きてるからこそ、音楽の深い味わいが生まれたのでしょう。

 先ほど物足らないと書いた第3、第4楽章もひとつの独立した曲として捉えれば、これはこれで充分に魅力的です。
 第3楽章はバレエの間奏曲のようであり、第4楽章はサーカスのテーマ音楽のように華々しく力強く鳴り響きます。全体を通してみればどのように盛り上げていくかは指揮者の適性と力量に任されるといっていいかもしれません。


ムラヴィンスキーの
圧倒的な名演奏

 前回も申し上げたようにこの交響曲はムラヴィンスキー=レニングラードフィル(現サンクトペテルブルクフィル)の独壇場で、中でも作品のすべてともいえる第1楽章が素晴らしい仕上がりです。
 ムラヴィンスキーは最初の金管楽器のファンファーレから聴く者に戦慄を覚えさせます。そして、それに続く序奏のほの暗い哀愁に満ちた美しい弦楽器の音が聴く者の胸を痛く締めつけます。

 何という音楽性でしょうか! 20分にも及ぶ楽章ですが、長さをまったく感じさせず、その圧倒的な表現力に終始心を奪われっぱなしになってしまいます。多くの指揮者が聴衆を酔わせるためにオーバーアクションになったり、個性的な表現をしたり、技巧を凝らしたりするものです。
 しかし、この人はあくまでも自然体を貫き、抜群の音学センスに裏打ちされながら深遠で格調高い音楽を生み出しているのです。第1、第2楽章ではそれが最高の形で発揮されています。

 しかし、もちろんそれだけではありません。爆発するようなパッションがあり、音符の端々からは溢れるような抒情性を表出しているのです。第4楽章の超スピードで、思うがままにオーケストラの響きをコントロールしていく爽快感がたまりません。とにかく1度耳にしたら忘れられない強烈なインパクトを植えつけられる名演奏です。





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