2014年4月13日日曜日

ドミニク・アングル 「ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像」





ドミニク・アングル『ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像』






アカデミックな絵の典型?

 この絵を見ていつも思うのは、アングルは人が羨むようなデッサンの達人だったのですが、決して技術に溺れる人ではなかったということです。デッサンの技術を生かしはするけれども、必要であればいくらでも形を崩したり、表現の可能性を採り入れる等、進取の気性に富んだ画家だったのです。
 この『ドーソンヴィル伯爵夫人の肖像』も、一見アカデミックな絵の典型のようにも見えますが、たとえば18世紀フランスの代表的な画家ブーシェの『ポンパドゥール夫人の肖像』と比べてみてください。


フランソワ・ブーシェ「ポンパドゥール夫人の肖像」1758年 
油彩 カンヴァス 213x165cm ミュンヘン アルテ・ピナコテーク蔵



 比べてみると、その違いに驚かれる方も多いことでしょう。
 たとえば、プーシェの『ポンパドゥール夫人の肖像』のキラキラと輝くような気品。誰が見ても優雅で美しいこの肖像画に魅せられ、ため息が出るに違いありません……。そして写真にとって変わる理想の女性像を映しとったような美のイメージは耽美的でさえあります。
 ただ、もし長い間この絵を部屋に飾っておいたとしたら飽きないのかどうかといえば、それはまた別問題ということになるでしょう…。

 つまり見て美しい肖像画と芸術的な肖像画とは少々別物だということなのです。




肖像画の概念を変えたアングル

 極端なことを言えば、アングルは伯爵夫人の生き生きとした表情や雰囲気、仕草にはそれほど関心を向けてはいません。むしろ冷たいくらいに人間的な感情や情緒の表現を拒絶したかのような独特の描写が印象的です。
 しかし、この絵はよく見るとアングル一流の冴えた技が至る所に隠されているのです。周到に練られているのはまず構図でしょう。首をかしげ、左肘の下に右手を置き、顎の下を指でちょこんと押さえる夫人のポーズは古典的な洋式美に彩られ強い存在感を放っているのです。

 それだけではありません。たとえば、熟考された色彩の配置も芸術的な香りを漂わせ秀逸です! 彩度をできるだけ抑えた室内の空間は静寂感に漲り、比較的に彩度を抑えたドレスは格調高い雰囲気を醸し出しています。そして、このずば抜けた色彩の温度感覚や彩度の対比の的確さは夫人の頭の赤いシュシュを強烈に印象づける効果を生み出しているのです。
 そのことが伯爵夫人のこちらをジッと見つめるような強い視線と神秘的な表情に引き込まれるように感じる要因なのかもしれません。

 それにしても鏡に映った夫人の後ろ姿といい、彩度を抑えた色調といい、印象的で視線を巧みに誘導するポーズといい、憎らしいほどの仕掛けや技術の裏付けがあちらこちらに施されているのです。
 アングルによって肖像画の概念は間違いなく変えられたといえるでしょう。





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