2012年6月4日月曜日

J.S.バッハ 平均律クラヴィーア曲集第2巻(BWV870~893)












平均律第2巻を作曲した頃のバッハは創作環境として恵まれたケーテンを離れ、才能と手腕を見込まれてライプツィヒの教会のカントル(教会の合唱指揮者・音楽監督)を任された頃でした。
第1巻はケーテン時代の置き土産のように作曲されたのですが、第2巻を作曲した時、前作よりすでに20年の歳月が過ぎていました。

これほどの歳月の隔たりがあれば当然の如く、気持ちの変化や創作意欲の欠如等が如実に出てくるものなのですが、この曲に関する限りバッハは少しも変わっていなかったのでした。
第1巻に勝るとも劣らない祈りに満ちた雰囲気と豊かな叙情が全編を一貫しており、しかも第1巻にはない行書的な自由さが随所に現れているのです。

中でも第1番プレリュードはバッハのこの作品に賭ける想いを感じとることができます。少しずつ装いを変えていく美しさに満ちた前作のプレリュードはとても魅力的でした。これに並ぶか超えるとなるとバッハといえど、決して容易な話ではありません。しかし、本作のプレリュードでも無限に広がる地平を想わせる確信に満ちた響きが、充実した世界観を描き出していくのです。 朝露を浴びた木々の葉がキラキラと輝き出すような希望に満ちた第2番のプレリュードも新鮮に響きます。

 第1巻ではオルガン的な響きや神聖な雰囲気が深い瞑想と静寂の境地を表していました。しかし、この第2巻では第1巻にはなかったゆとりと自由な曲想が作品の融通性を引き出し、より普遍的な感動と発見をもたらしてくれるのです!

平均律クラヴィーア曲集は曲の形式や構成の素晴らしさによって、あらゆる音楽を愛する人のピアノ演奏の源泉になっていることは間違いありません。しかし、それ以上にひとつひとつの曲の芸術的な品格や味わい深さが無類であることが、いつの時代でも愛される大きな要因となっているのでしょう。

  この第2巻で最も素晴らしい演奏として記憶されるのがグレン・グールドのCDであることは間違いありません。
第1巻では表現自体は抜群であるにもかかわらず、禁欲的なバッハの作品の性格に対して少々違和感があることが否めませんでした。しかし、この第2巻ではあらゆる部分の表情が生き生きとしながら作品の本質と無理なく溶け込んでいることがわかります!
 もちろん、グールド特有の寂寥感やデフォルメした表情も作品の魅力を引き出す上でプラスに作用しており.その表現力と音楽性に圧倒されます!

特に素晴らしいのは第1番プレリュードとフーガで、このプレリュードとフーガはともすれば平均律という作品のステータスに押される格好の萎縮した演奏になってしまいがちです。しかし、グールドの演奏はプレリュードの出だしから彼の感性のフィルターによって炙り出された抜群の雰囲気を湛えた音楽となっており、寂寥感とともに心の奥底に強く印象付けられる音楽になっているのです。また第16番ト短調のフーガも委細構わず突き進む硬質な音の迫力が独特の魅力を醸し出します!

エフゲニー・ザラフィアンツのCDは第1巻で紹介した通り、第1巻と第2巻から同じ調のプレリュードを12曲ずつ選び、計24曲を収録したものです。
ゆったりとしたテンポで情感豊かに歌われる演奏ですが、細部までよく彫琢された美しい演奏です。他の演奏でもの足らないという方には様々なインスピレーションを与えてくれる名演といっていいでしょう!


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