2012年1月24日火曜日

ヘンデル オラトリオ「メサイア」














 ヘンデルのメサイアと言えば、さまざまなエピソードのある「ハレルヤコーラス」が何といっても有名です。しかし、メサイアは「ハレルヤコーラス」だけでなく、他のアリアや合唱等のほとんどすべての曲が魅力的です!
 しかも決して難解な曲はなく、どれもこれも心に無理なく溶け込んでくるような味わい深い佳曲揃いです。よく、バッハの「マタイ受難曲」や「ヨハネ受難曲」、モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」やシュッツの「マタイ受難曲」あたりと比べて、どちらが深い曲かとか、音楽的に価値があるかとかという議論がされるようですが、私はナンセンスだと思います。

 そもそも、「メサイア」はキリスト教の典礼用の音楽ではありませんし、イエス・キリストの受難の哀しみを表現したオラトリオでもありません。むしろ全能の神やイエス・キリストの愛の大きさを讃えた超宗教的な作品あり、永遠の希望や感謝、魂の平安を全人類的な視点から描いた作品なのです。作品を聴けばわかるように「メサイア」は至ってシンプルで明晰な曲想で構成されています。ヘンデルはこの作品もわずか3週間あまりの猛烈なスピードで書き上げてしまうのですが、それでも音楽的な窮屈さや、薄っぺらさとはまったく無縁です。しかも聴くほどに感じる無類の美しさや懐かしさ、充実感は一体何なのでしょうか…。

 世には多くのオラトリオ、宗教音楽がありますが、「メサイア」ほど合唱の効果が魅力的に表現された作品はあまり例がないのではないでしょうか。中でも「こうして主の栄光があらわれ」、「ひとりのみどりごがわれわれのために生れた」、「見よ、世の罪を取り除く神の子羊」、「門よ、こうべをあげよ」、「ハレルヤコーラス、全能者にして主なるわれらの神は」、「ほふられた小羊こそは~アーメンコーラス」等は永遠に語り継がれるべき合唱の名曲と言えるでしょう。どれもそのまますぐに口ずさめるような親しみやすさがあり、時には心を癒し、気持ちを鼓舞し、時には心の原点に回帰するような清澄さがあります!

 ヘンデルのオラトリオの中で、唯一「メサイア」だけは彼の通常の劇場を舞台とした作品とは違い、中世の宗教音楽や聖歌を聴くような真摯な祈りや雅びな趣があります。しかし、だからといって教会の礼拝堂で聴かれて然るべき音楽だというのではありません。事実、ヘンデルはこの曲も劇場で初演しているのです。
 「ハレルヤ」、「アーメン」コーラスやアリアの雄渾な迫力はヘンデルならではのものでしょう。とにかく「メサイア」は実演ももちろん、CDで聴いても楽しく、心を溶かすような幸福な時間を過ごせる作品であることは間違いありません。

 演奏はここ30年の間に大きく様変わりしました。かつて厚ぼったいほどに大編成の合唱とオーケストラを動員して、「これでもか!」と凄みと迫力のある演奏が繰り広げられたものでしたが、最近そのような演奏はほとんど聴かれなくなってしまいました。

 そのきっかけとなったのがオリジナル楽器演奏の団体が主流となってきたことがあげられるでしょう。中でもクリストファー・ホグウッドがエンシェント室内管弦楽団、オックスフォード・クライストチャーチ聖歌隊を指揮したCD(1979年録音)は衝撃でした!「メサイア」でこんなに肩の力を抜いて、しかも音楽の魅力をまったく損なわず美しく演奏できるとは当時はあまり考えられていなかったのではないでしょうか!?
 ソプラノを担当したエマ・カークビーのクリスタルボイスも大変な魅力でしたが、オックスフォード・クライストチャーチ聖歌隊の繊細で柔らか、しかも潤いのある合唱も忘れられません。この演奏が「メサイア」演奏にもたらした影響は計り知れず、1980年から1990年代にかけて続々とオリジナル楽器の名演奏が生まれていったのは記憶に新しいところです。

 ポール・マクリーシュがガブリエルコンソート&プレイヤーズを指揮した演奏はホグウッドの演奏に比べるとずっとダイナミズムに溢れ、快活でスピーディーです。しかしこれほど大胆な演奏であるにもかかわらず、聴こえてくる音楽は清澄で透明感にあふれた純正のメサイアなのです。おそらく曲の本質をしっかりとつかんでいるからこそこのような見事な演奏が可能なのでしょう。特にガブリエルコンソートの合唱は最高で、少しも力まず意味深く豊かなハーモニーを綴っています!ソプラノのロッシュマン、グリットンらをはじめとする歌も味わい深く素晴らしいです!
 





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