史実に基づくドキュメンタリー
この作品の初演は1991年ですから、もう20年以上も前から劇団四季のオリジナルミュージカルとして取り上げられてきたのですね。テーマは戦前のアジアを代表する大スターとして一世を風靡した李香蘭(山口淑子)が中国、日本の二国間の政治の板挟みに苦しんだり、時代に翻弄される激動の記録を綴ったドキュメンタリーです。とにかく当時の緊迫した世相がふんだんに盛り込まれており、かなり重々しい内容です。
何せ、前半は日本の戦時下の歴史のおさらいをするように歴史の史実に基づいて劇が進行していくので、下手をするととても単調で暗い舞台になってしまいかねないのです。劇中で「満蒙は日本の生命線」と関東軍の軍人たちが歌う厳ついマーチが良くも悪くも強烈に印象に残ってしまいます。
そのような意味でも、語り部のようにストーリーを進行させる川島芳子の存在がとても大きいように感じました。男装の麗人、川島芳子のキャスティングが魅力的であればあるほど、この重い史実をしっかりと記憶に留めることができる橋渡しになるのかもしれないですね。今回は樋口麻美さんが担当されてましたが、うってつけだと思います。抑揚のある演技に張りのある声、飽きさせない自然なユーモア等、見事だと思います。
そして李香蘭役の野村玲子さんは初演からこの大役を担当されており、今回も堂々の香蘭役でした。途中別の方に役を譲ったこともありますが、今でも立派に香蘭になり切っているのですから凄いと言わざるを得ません!特に裁判のシーンの哀願する声の切実さ、深く感情移入した表現はやはり野村さんでないと……と痛感させられました。
このミュージカルは李香蘭のストーリーというより、李香蘭が生きた時代の戦時下のドラマという気もします。なぜこのようなテーマをミュージカルにしたのかという賛否両論も当然あることでしょう。しかし、戦争の悲惨さや狂気を風化させないためにもミュージカルという形で結晶化させたことはとても意味があると思います。「海行かば」で戦火の彼方に無残にも散っていった兵士たちの映像や出撃する兵士たちの一言一言ににじみ出る切なくやるせない想い等々は関係される方々にとってはとても涙なくしては見れない場面でしょう。きっと深い哀悼の意味もこめられているのだと思います。
夢を見るような美しいシーンも随所に散りばめられて
しかし、劇は決して重苦しいシーンばかりではありません。随所に夢を見るような美しいシーンが散りばめられているのです。
例えば、父親の友人として家族ぐるみの交流があった李際春将軍の義理の娘分となり、「李香蘭」という中国名を与えられた時に流れる「中国と日本」の音楽の美しさは格別で、香蘭と愛蓮(香蘭の姉となった)の二重唱の美しさや形を変えて表現される合唱は古き良き時代の童謡の世界やプッチーニの蝶々夫人のような懐かしい雰囲気を醸し出していくのです。
でも、特に感動したのは最後の20分ぐらいのところでしょうか……。劇の冒頭に出てくる裁判の法廷シーンがリプレイされるところあたりからなのですが、李香蘭を「死刑にすべきだ」という怒声があがる中で香蘭が自らの心情を吐露するように歌うナンバーが涙なくしては聴けない……。そして香蘭の身元がはっきりとして、裁判長が威厳と人徳の漂うバリトン調で朗々と歌うナンバーもひしひしと心の奥底に響いてくるのでした。そして二つの国の愛と信頼を祈る「中国と日本」のフィナーレも圧倒的な感動で幕を閉じていきます。
改めて、演出の練りこまれた素晴らしさと音楽の美しさ、振り付けの変幻自在の素晴らしさ、そして四季の舞台に賭ける底力を痛感した演目でした!
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