19世紀の高名な音楽家のハンス・フォン・ビューローは「ベートーヴェンのピアノソナタ集をピアノの新約聖書だとしたら、バッハの平均律クラヴィーア曲集は旧約聖書だ」とたとえて賞賛しました。また「無人島にたった1枚だけクラシック音楽のCDを持って行くとしたら、何を持って行く?」という質問に多くの人はこの曲を選ぶと言います。つまり、それほどこの曲には豊かな音楽のエッセンスが充満しているということなのでしょう!
バッハはフランス組曲、イギリス組曲、パルティータ、インヴェンションとシンフォニア等のクラヴィーアのための傑作をたくさん残しました。どちらかと言えばこれらの作品は娯楽性が強く、リズムや音色の多様な変化で面白さを追求した感じなのですが、平均律はずっと奥が深く、森羅万象の響きや音楽の原点に立ち返るような真摯な祈りが満ちあふれているのです。
12平均律に新たな可能性を追求した功績と意欲はもちろん見逃せません。しかし、何よりもこの作品全体に満ちあふれているのはバッハの音楽への深い愛情なのです。
「平均律クラヴィール曲集第1巻」は神の秩序をうつしとった、小さな完成された「世界」(ミクロコスモス)、音楽の小宇宙などと形容されることもある作品です。それぞれのプレリュードとフーガは24のすべて異なる調によって書かれ、ハ音を主音として開始し、長調と短調の曲を交互に配置しながら半音階ずつで上行を繰り返しロ短調で終結する組み合わせで構成されており、そこから驚くほど豊かな精神世界をつむぎ出していくのです!
宇宙や自然界の日常的な営みの中にあるキラキラと輝く諸々の感情! それはバッハの心のメッセージであり、心の四季のような各曲がさまざまな表情を映し出す鏡となっているのです。バッハはそれらの感情や心の機微を最高のインスピレーションで再現しています。
そしてこれら24曲の心の四季には、絶えず神聖な余韻や静寂が流れ、至福の時を約束してくれるのです。全編を通じ、何と人間の心のさまざまな情感や祈りが結晶化されていることでしょうか!
演奏は予想通り難しく、CDで大体満足できる演奏はいくつか存在するものの、現在のところこれといった決定盤はありません。
タチアナ・ニコラエーワの演奏は日本でのライブ録音です。録音がいいところが魅力です。平均律にまつわるイメージを決して壊さず、しかも深い精神性に裏打ちされた音楽が随所で鳴り響き、優しい語らいやチャーミングな表情も兼ね備えた安心して聴ける演奏と言っていいでしょう!
タチアナ・ニコラエーワの演奏は日本でのライブ録音です。録音がいいところが魅力です。平均律にまつわるイメージを決して壊さず、しかも深い精神性に裏打ちされた音楽が随所で鳴り響き、優しい語らいやチャーミングな表情も兼ね備えた安心して聴ける演奏と言っていいでしょう!
特に詩情豊かな各曲のフーガは抜群の呼吸と立体的な造形でとても味わい深く、その音楽性の高さに思わず酔わされます。
エフゲニー・ザラフィアンツの演奏は正規の推薦盤としてはお勧めできませんが、発想の面白さと演奏のあまりの素晴らしさにどうしても採り上げたくなりました。
ザラフィアンツは個々のプレリュードそのものに完結性を見出し、(フーガはすべて省いている)曲集の各巻に収められた同じ調のプレリュードを一対の組としてとらえたのです。CDでは、第1巻と第2巻から同じ調のプレリュードを12曲ずつ選び、計24曲を収録しています。こういう考え方もあったのかという意外性に新鮮な驚きを感じます! そして何より素晴らしいのはゆったりとしたテンポで際限なく情感豊かに歌われる演奏です。情報量も多く、今まで認識されなかった繊細な響きや情緒が浮かび上がってくるところに改めてこの作品の潜在的な偉大さを実感します!
このCDを聴く限り、ザラフィアンツには今後是非とも平均律の全曲集をレコーディングしてほしいと願うばかりです……。
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