2017年6月15日木曜日

クラシック音楽の魅力と効用!?(2)










人間の本質的な部分に共鳴して
作曲されるクラシック音楽


クラシック音楽は「波長が高い」とよく言われます。
それはなぜなのでしょうか?

一般的にクラシック音楽を構成するテーマや形式、旋律、音色はキリスト教文化の中で誕生し発展した経緯がありました。つまり、クラシック音楽にはキリスト教精神のひとつの要素である「愛と寛容」の精神が多かれ少なかれ脈々と受け継がれてきたのです。交響曲、協奏曲、独奏曲、室内楽曲、声楽……と、どのようなジャンルの作品であっても、そこには繊細で優美な感情が込められている場合がほとんどです。

喜びに震えたり、哀しみにうちひしがれたり、祈りであったり、瞑想や崇高な感情であったりと、人間の本質的な部分に共鳴して作曲されているので、知らず知らずに高い境地に引き上げられていくことが多いのです。

たとえばバッハの平均律クラヴィーア曲集を聴くと、そのことが強く感じられます。プレリュードとフーガのそれぞれの曲がまるでひとつのメッセージのように心の奥底に染み入ってきます……。それは忘れかけていた遠い記憶であるかもしれないし、心の満ち足りた想いを想起させるものかもしれない、また、哀しみをそっと慰めてくれるものかもしれない……。
一編の詩のようでもあり、短編小説のようでもあり、ひとときの夢のように私たちの心に滔々と語りかけてくるのです。



自分だけの名盤!
鑑賞が深まる契機に

当然、クラシック音楽は大作曲家が残した作品の演奏を聴いて楽しむことなのですが、時として聴き手が創造に加わっているような感覚を味わえることもあります。

たとえばベートーヴェンの交響曲第6番「田園」を聴いた時に、爽やかなスッキリとしたスタイルの演奏だったとしましょう。でも「それがあまりにもスッキリしすぎて物足りない……」、「もっとスケールの大きい演奏が聴きたい……」、そのような欲求が心の奥底から出てくることがあります! そのように思った瞬間、あなたの感性の扉は大きく開かれ、作品の本質に大きく踏み込んだとみていいでしょう。それと同時に再創造的な作業が実行された瞬間であるといっても決して過言ではないのです!

クラシック音楽の聴き方はこれが正しい、こうでなければならないというルールや解答は一切ありません。同じ曲を聴いたとしても、感じる世界は人それぞれです。その人が育った環境や個性、経験等によって感動の度合いや伝わリ方にも当然のように違いが出てくるのです。

世には音楽評論家というお仕事があって、その方々が推薦するいわゆる名演奏やCDの名盤はたくさん存在します。しかし忘れてならないのは「世評の高い名盤=私にとってのいい演奏」とは限らないということなのです。

ですから、多くの演奏やCDを体験しながら、まずは自分にとっての相性のいい音楽、入っていきやすい音楽や演奏を見つけることも裾野を広げる近道かもしれません。心の音楽と思える作品や演奏家が見つかったときの喜びはたとえようがなく、それは終生の心の財産になり得る可能性もあるのです。


本当は楽しい
クラシック音楽

最後に一つだけどうしてもつけ加えておきたいことがあります。
日本では現在でもクラシック音楽を教養としてとらえる傾向があるのですが、クラシックファンとして、それはある意味とても残念で、寂しいことですね……。

かつて、小学校や中学校の音楽室には大作曲家の肖像画が一つの権威の象徴として張り出されていたものでした。それがクラシック=難しい=特別なもの、堅苦しいものという図式を生んでしまったのかどうかは定かではありませんが、どうもクラシックというと煙たがられ、雛壇の高いところに置かれてきたように思います。

私はこれまでクラシック音楽を教養として聴いたことは一度もありません。
おそらく教養として聴いていたなら、クラシックを好きになることもなかったでしょうし、途中で嫌になって聴かなくなったことは間違いないでしょう。

クラシック音楽の良さは同じ曲を聴いても、演奏家や指揮者が変わるとまったく違う性格の音楽に聴こえることがあります。それがいいのですね……。そうでなければクラシック音楽は理屈っぽくて平面的でつまらない音楽ジャンルになりさがってしまうことでしょう。

これがいわゆる一人一人の個性、感性や芸術観、表現の多様性によるオリジナリティの原点ですし、芸術の妙味なのです。それだけ音楽は奥が深く味わい深いものなのかもしれません。

本当はもっともっとクラシック音楽の良さ、楽しさを実感できるようなイベントが頻繁にあったり、(唯一、ラ・フォル・ジュルネオ・ジャポンは貢献していると思います)気軽にクラシックの生の演奏に触れあう機会やメディアでの啓蒙があればどれほど素晴らしいことでしょうか! 日本のクラシック音楽界や団体にも大いに努力していただきたいものですが、いかがなものでしょうか……。

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